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東大生4人が本気で語る!2025年東大国語-第4問
本記事は、現役東大生4名による2025年度東京大学入試国語第4問(小説)の解答について話し合ったものを、座談会形式でまとめたものです。
目次
■ 自己紹介

今回、僕がこの企画を提案したんですが、第4問を取り上げた理由がありまして。第1問の評論については、世の中にたくさん解説が出ているんですよ。でも、東大生が第4問をちゃんと議論しているコンテンツってほとんどない。そっちの方がバリューあるんじゃないかと思って。

トークとしても盛り上がりますよね、第4問は。解釈がいろいろあるから。

そうですね。確かなことが言えない分、逆に議論しやすい。記事を読む方に、我々がわちゃわちゃしてる姿を見せられるっていうのが大事かなと。

僕はもうかなりのアンチテーゼキャラでいきますんで。「それって本当に正しいんですか?」みたいな役割で。

みんな同じようなキャラになると面白くないですから、ちゃんとポジションを作っておくのは大事ですね。
■ 自己紹介

じゃあ自己紹介しましょうか。

まっくすです。理科二類1年生で、農学部の森林環境資源科学専修に進学予定です。

もう進学先が決まっているということは、推薦ですか。

推薦です。あと、怪しい山形弁を喋ります。

怪しいんだ。

もちです。生まれてこの方ずっと東京都民です。文科三類から文学部に進学していて、日本語日本文学(国語学)専修です。

「国語学」をやっているんですか。この4人の中で一番専門的かもしれないですね。

急に荷が重くなったな。勘弁してください。

Kといいます。文科一類から法学部に進学しました。普段はヨミサマ。のYouTubeチャンネル運営にも携わっていて、動画をアップしています。出身は長野ですが、めちゃくちゃ標準語で喋ります。

確かに標準語ですね。

ちゃーはんといいます。理科一類です。茨城県土浦出身ですが、茨城弁は喋れません。

土浦といえばレンコンですよね。

そう、レンコンで有名なところです。

みんな結構、出身も所属もばらばらですね。
■ 2025年 東大国語第4問の第一印象

第4問はいつも随筆が出るんですよ、基本的に。でも2025年は小説が出た。ここ数十年でほぼなかったことだったので、びっくりしました。

学習指導要領で「論理国語」と「文学国語」が分けられたことへの、出題側の何らかのメッセージかな、と勝手に思ってしまいました。まあ、そこまで考えてないか。

みなさんは、実際本文を読んでみてどうでした?

情報が多いっていうか、浮かぶことがいっぱいあって。どこを取るかが悩ましかったですね。本番で解答用紙に上手くまとめるのはちょっと厳しいかなと思いました。

自分としては割と読みやすかったです。近代文学にどハマりしてた時期があって、明治から昭和前期の作品の、ずっとモダモダしてて特に何も解決しない感じに慣れているので。

うーん、「名前を統一してほしかった」っていうのが正直な感想です。最初の1ページを読むのに5分くらいかかりました。「誰? 誰?」ってなって。

確かに! 一人の登場人物に対する呼び名が多すぎる。

ただ、問題としてはとても素直ですよね。書いてほしいことがわかりやすいというか。

第4問ならもっと、こっちを翻弄してきてほしかったですね。
〜あらすじ〜
大田順吉・しげの夫妻の家には、長年植木屋の伊志野剛直が出入りしている。伊志野が持ってくる苗木はいつも小さいものばかりだったが、彼の人柄のよさから、しげのはいつも彼にお茶を出したりお昼を共にしたりと、懇意にしてきた。しかし、ある時夫妻は玄関に立派な木を植えてもらおうと本職の植木屋を呼ぶ。それ以降、伊志野が夫妻の家に現れることはなかった。
出典:佐多稲子「狭い庭」
■ 設問(1):「引け目」の正体は?

じゃあ設問(1)から。これは、順吉が伊志野に感じた「引け目」の理由を問う問題ですね。伊志野と順吉夫婦って、単なる商売の関係以上に親しんでたんですよね。お昼を一緒に食べたり、ちょくちょく寄ってくれたりというレベルの仲。それなのに、何の相談もなく別の職人に頼んでしまった。

僕は「本職へ依頼したことへの引け目」という書き方をしました。伊志野は苗木屋なので、大きな木を専門に扱う「本職の植木屋」に依頼することは、伊志野の仕事を否定したようなニュアンスになってしまう。

私は「自分たちに親しみを感じてくれていた伊志野を裏切り、傷つける行為のように感じるから」という方向でまとめました。

自分は、「いつも懇意にしていたのに、何の相談もなく他の職人に依頼したことで、伊志野を裏切ったような感じになるから」というようなことを書きました。

僕は「長年付き合いのある伊志野との取引を超える高額な取引を他でしたことが、伊志野に対する裏切りのように思えた」という書き方にしましたね。

「裏切り」という言葉、ちょっと強すぎる表現な気がして使うか迷いました。でも文中に「いささか裏切りをしたような」という表現があるし、使っていいのかな。

それは使って大丈夫だと思います。文中の言葉を使うのは一番安全なので。ただ、主語を誰にするかが問題ですね。順吉が主語の場合と、伊志野が主語の場合で文の構造が変わりますよね。

僕は順吉を主語にして「彼を裏切るような後ろめたさを感じた」という形にしましたけど、伊志野を主語にして「伊志野が引け目を感じるような行動をとってしまったから」という書き方も成立すると思っています。

どっちでもいいんじゃないかな。視点の違いだけでしょう。

採点者に誤解されないためにも、主語は明確にした方がいいですね。
🔖 設問(1)まとめ
4人の共通認識:「引け目」は、長年懇意にしてきた伊志野に何の相談もなく、高額で別の本職の植木屋を呼んだことによる「裏切り感」と「申し訳なさ」からきている。「裏切りのように思えた」という文中表現は使っていい。主語の置き方(順吉 or 伊志野)はどちらでも成立するが、解答の中で明確にすることが重要。
■ 設問(2):しげのの「仕方ないですよ」の真意について

設問(2)はしげのの心情ですね。「仕方がないですよ」という一言の意味。ここは人によって全然変わると思う。

自分は「伊志野は確かによくしてくれたが、それはそうと何度伝えても小さい木しか持ってこなかった。だから彼には悪いけども……」という、これまた後ろめたさから来ているのではないか? という考えですね。

僕は完全に真逆の意見ですね。僕は「しげのには伊志野に同情する気持ちは全くない」という立場です。順吉がナイーブになっているのにも全く気づいていなくて、「苗木屋が大きい木を持ってこないから本職を呼ぶのは当然じゃないか」という、ただの世間的通念を言い放っているだけだと思う。

えぇ〜。私はそこまでドライには見ていなくて。何らかの気まずさは感じているんじゃないかなと。「割り切った」という直前の表現が気になって、辞書で調べたんですけど、「ある原則に従って物事を単純明快に結論できる」という意味なんですよね。余計な感情を省いて結論している、という。

逆に、省かれるような「余計な感情」があるという読み? 自分もわりとそれかな。

いや、だからこそ、「人付き合いと商売は別」という割り切りで、伊志野への個人的な感情を切り離して、社会的通念として「本職に頼むのは当たり前」と言っているということではないの。

私はしげのがちょっとマイナスな感情を伊志野に抱いていて、順吉がナイーブになっているのに対して「そんなに気にすることない」と言うような、少しトゲのあるニュアンスで「仕方ない」と言っているのかなと思いました。

内心引け目を感じているようなところは、私もあると思っています。それで、話は戻るんですが、「仕方がない」に関して第三の解釈があって。伊志野に向けた言葉でも、夫だけに向けた言葉でもなく、自分と夫両方に言い聞かせているんじゃないかと。「こういう行動をとってしまったのは仕方ない」と、自分の行為を正当化しながら夫も宥めるという、二重の機能を持つ発言として読みました。

「自分への言い聞かせ」か〜。面白い解釈ですね。

僕は「仕方ない」の対象がキーだと思っていて。「伊志野にとっては仕方ない(=伊志野には申し訳ないが)」という意味なのか、「本職に頼むのは仕方ない(=当然のことだ)」という意味なのかで180度変わりますよね。

そこが一番大きな分かれ目ですね。なんなら設問(3)以降の流れまでもが変わってくる。
🔖 設問(2)まとめ
意見が以下のように分かれた。
・K・ちゃーはん:しげのは感情を切り離し、「商売上、本職に頼むのは当然」という社会的通念を表明。ドライで割り切った立場
・もち・まっくす:伊志野に対して気まずさを抱えつつ、自分の行為を正当化するための「言い訳」的な発言。罪悪感がある。
・まっくす独自案:伊志野にも夫にも向けていない、自分自身への言い聞かせ
直前の「割り切った」と、しげのの言った「仕方がない」をどう解釈するかが、読解のカギに。
■ 設問(3)の深読み:「倍の丈に伸びた木」を、どう解釈するか?

設問(3)は苗木が成長した描写が出てきてますね。伊志野の植えた木が「倍の丈に伸びた」「結構形をなした」という部分の意味を問う問題。

「思ったより良い感じになったじゃん」というポジティブな解釈をしているんですが、みなさんはどうですか。

わ、その逆ですね。「伸びたけどでもまだ小さいよね」かと。

同意見です。「倍の丈」になったところで、そもそも元が小さいんですよ。

僕の解答は、「伊志野の植えた木が成長し存在感を増していく中で、順吉の中で伊志野に対する後ろめたさが残り続けていることを暗示している」という方向にしました。木が大きくなればなるほど、引け目の感情も膨らむというイメージで。

自分の読みは少し違った視点で、「伊志野は嘘をついていたわけじゃなかった」という発見に重点を置きました。夫妻は見切りをつけたけど、その苗木はちゃんと大きくなっていた。「大きくなる」と言っていた伊志野の仕事は正しかったということが証明されるわけです。

そこが設問(4)の「誇り」につながりますよね。伊志野には先見の明があって、「時間はかかるが育つ」苗木を持ってきていた。それがプロとしての誠実さだったと。

そうそう。木の成長は伊志野の「仕事の正しさ」の証明でもあるから、後ろめたさと同時に「あの人は本当に正しかったんだ」という気づきが重なっているんじゃないかな。

後ろめたさが膨らむのと、伊志野を再評価する気持ちが同時に存在しているということですか。

この分だと設問(4)の解釈も結構分かれてそうですね。このまま続きで行きますか!
■ 設問(4)の核心〜「羨望」とは何へ向けた気持ちか〜

僕は設問(4)が一番難しいと思っていて。順吉が伊志野に対して抱く「羨望」の内実を問う問題ですが、これは順吉が仕事で計算間違いというミスをした場面が絡んできます。

自分の至らなさに直面した順吉が、かつての伊志野を思い出すわけですよね。伊志野は「自分の仕事が軽んじられた」と気づいた瞬間に、何も言わずに黙って去った。

潔く身を引く、という行為ですよね。玄関の木の一件以降、伊志野は「ばったり姿を見せなく」なっているわけですし。

順吉は仕事でミスをしても、伊志野のように潔く去ることができない。その対比の中に「羨み」がある、ということだと思います。

僕の解答案は「順吉は職場での失敗から自身の衰えを感じていたが、伊志野と違って潔い態度を取れなかった。その伊志野の誇りある行動を羨望している」という形にしました。

「誇り」の中身が重要ですね。仕事内容に対して? 身を引く行動に対して? 何に対するどういう誇りなのかはっきりさせないといけない。

仕事への自負からくる誇りがあるから、それを否定されたとき、つまり本職を別に呼ばれたときに黙って去ることができる。その潔さが伊志野の誇りだと思う。

じゃあ、順吉は自分のしたミスと年齢を鑑みて「仕事やめて〜」になったけど、「できね〜」から、「伊志野すげ〜」と思ったということですか。

気の抜ける表現ですね。

羨望=懐かしさ、みたいな感じになるのかもしれない。あんな生き方ができていた時代への、という。
🔖 設問(3)(4)まとめ
設問(3):苗木の成長は、①順吉の「後ろめたさの蓄積」を象徴すると同時に、②伊志野の仕事の正しさ(先見の明)を証明するという二重の意味を持つ描写。
設問(4):順吉の「羨望」の核心は、仕事への誇りゆえに黙って去った伊志野の潔さへの羨ましさ。仕事でミスを犯しながら潔く去れない自分と、誇りをもって身を引いた伊志野の対比が「羨望」を生む。「懐かしさ」は伊志野を回顧し共感するような気持ちか。
■ 感想会

順吉って年齢に紐付いた価値観を内面化していて、正直内心ちょっと窮屈そうだと思う。

全体的に伊志野の人としての魅力にフォーカスした文章でしたね。伊志野の行動に関する描写が多い。

出題そのものについて正直に言うと、第4問は随筆がよかった。自分は東大国語のファンだから、もっと圧倒してくれてもよかったのにという感じですね。行きつけのお店の味が変わってしまったような感じで、少し寂しい。

東大国語って、結構メッセージ性が強い問題が多いと思うんですよ。問題を通じて何かを伝えようとしている出題者の意図が感じられるというか。東大国語には「置き手紙みたいだ」という表現がしっくりきますね。今年の問題は、その置き手紙の内容がちょっと読みにくくて。物足りなかったかな。
■ 番外編〜音読って実際どうなの?〜

音読って、皆さん重視しますか?

古文では絶対必要だと思いますけど、現代文でも?

重要だと思っています。視覚優位なタイプでも、音読することで意味の分解が促されるというか。定着が全然違う。

わかります。評論文は「ここで筆者は何を言おうとしているのか」とツッコミながら読むじゃないですか。音読することでそのリズムが生まれやすくなる。

そうなんだ。目で追えば一瞬なのに声に出して読む理由がわからなくて、読み上げ音声とか動画とか苦手ですね。いま読んでいるそれをプリントアウトして渡してくれと思う。

国語が「できる」「できない」の差って何なんでしょう。

私が思うのは、文章を「能動的に」読んでいるか「受動的に」読んでいるかの差だと思います。「あれ、さっきと矛盾してない?」「これってつまりどういうこと?」って常にツッコミを入れながら読む人と、ただ目で追っている人では全然違う。テストとしての読解は、ある意味「出題者の意図を読む」というゲームですからね。それはそれでトレーニングが必要だと思う。
全体まとめ
4人の答えが全体的に「伊志野は悪者ではない」という方向で収束していったものの、
設問(1)では伊志野への「裏切り感」と「後ろめたさ」が「引け目」の本質だという点で合意。
設問(2)ではしげののキャラクター解釈が最も割れ、K・ちゃーはんの「割り切り・ドライ」ともち・まっくすの「自己正当化・言い訳説」がはっきりと対立。
設問(3)では苗木の成長が「罪悪感の象徴」であると同時に「伊志野の仕事の正しさの証明」という二重のメタファーであるという解釈に至り、設問(4)では順吉の「羨望」が「潔く去れない自分」と「誇りを持って去った伊志野」の対比から生まれるという点で4人が一致。
さまざまな解釈が見られたのが印象的でした。また、2025年の問題への批評を通じて、東大国語への深い「愛と期待」が垣間見えました。
〔編集後記〕
約3時間近くにわたって開かれた今回の座談会。解答の細部では意見が分かれる場面も多く、「国語に唯一の正解はない」ということを改めて実感させてくれる議論でした。しかし、大まかな解釈や理解は一致しており、やはり一定の「読み方」というものは存在しているということもわかりました。
本気で東大国語に相対する座談会、今後もお楽しみに!
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この記事を編集した人
東大生がつくる国語特化の個別指導塾ヨミサマ。編集部です。国語のプロフェッショナルとして、国語が苦手な生徒から東大受験対策まで述べ二千人以上を指導してきた経験を記事にしてお伝えします。完全独学で東京大学文科Ⅰ類に合格し、「成績アップは国語で決まる!」著者の神田直樹が監修しています。
