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生成AI時代に「国語」を学ぶ意義はどこにあるのか【現役東大生が語る】

更新日:2026.06.11

はじめに

 いま、ChatGPTやGeminiといった生成AIは私たちの生活に浸透しつつあります。生成AIに何かをお願いすれば、プロ顔負けの流暢な文章をすぐさま作成してくれます。

 そのような時代に「国語を勉強しよう」「読解力をつけよう」「文章を書く練習をしようと言われても、「分からない文章があればAIに要約させればいい」「AIが完璧で素晴らしい文章を書いてくれる」「だから国語を勉強する必要がない」と思ってしまいたくなります。ただですら大変な国語の勉強に、意味がなさそうとまで感じたら、当然やりたくなくなってしまいます。

 しかし、冷静に生成AIがどのようなものかを考えてみたとき、生成AIが進化すればするほど、私たちが国語」を学ぶことの重要性は、低下するどころかむしろどんどん高まっていることがわかります。いくつかの視点から一緒に考えてみましょう。

AIと思考力

 まずは身近なところから始めてみましょう。私たちはAIを使うと、肝心な思考力が落ちてしまいます。どういうことでしょうか。

 「学ぶ」という行為は、おおむね、外から情報をインプットし、それを脳内で処理し、そしてアウトプットするという一連の流れから成ると考えられます。この「脳内で処理」することこそが、理解を深め、記憶を定着させ、新たな発想を生む源泉と言えます。

 

 しかし、生成AIを使えば、この脳内の処理という最も苦しい局面をスキップして、高品質なアウトプットにありつけます。しかしその苦しい局面を飛ばしても、何の思考力も鍛えられないのです。

 例えば、ある文章を要約する宿題を課され、そのPDFをAIにそのまま渡し、「この文章を要約して」と指示し、出力された結果をコピー&ペーストしてそのまま提出したとします。その瞬間、宿題は完了します。もしかしたら高評価まで得られるかもしれません。しかし、

“明らかに”学習者の脳には何の変化も起きていません。情報は脳を通り過ぎただけで、そこには何の思考もなされていません。そうであれば、思考力がつくはずもありません。

 ここで、「いやいや、AIを使えば高品質なアウトプットができるんだから、そもそも『思考力』なんてものがなくても大丈夫なんだって」と言うこともできそうです。しかし、そうもいきません。

なぜかと言えば、まさにその「AIを使う」という段階において思考力が発揮されるからです。

 ここでは3段階に分けて考えてみましょう。まずは「AIに聞くことを考える」、次に「AIに指示を出す」、そして「AIが出力したものを確認する」の3段階です。これから一つずつ見ていきます。

AIに聞くことを考える

 私たちはAIを使って高品質なアウトプットを手に入れられます。

しかしそれは、私たちがAIに指示を出してこそです。

作ってほしいもの、あるいはわからないものがあるからこそ、指示が出せるわけです。思考力がなければ、作ってほしいものや分からないものさえ思い浮かびません。

 逆説的ですが、思考力がある人ほど、「これを作ってほしい(=これが必要だ)」「これがわからない」ということが明確になります

生成AIを前提にするまでもなく、私たちは大半のことは調べようと思えばすぐに調べられます。その意味で、「スマホを持った人間」の知識量はそう大きくは変わらなさそうです。にもかかわらず知識に差が出るのはどうしてなのでしょうか?

それは、思考力がある人は「何がわからないか」に気づけるからです。

 実のところ、「何が必要か」「何がわからないか」に問いを立てる、つまりは現実の状態を冷静に分析することにこそ思考力が求められるのです。

というのも、「私は何が必要だと思う?」という質問単体にAIは答えることはできません。

「私」が何を求めているのか(「どのような状況に置かれているのか」「何を目指しているのか」「何をしたいのか」・・・)を具体的に言語化して初めて、「AIに聞くこと」ができるのです。

 そうした思考力を養うものこそが、まさに国語なのです。国語の勉強を通して、私たちはさまざまな文章を読んでいきます。そこで読む文章はどれも、丁寧に論理が展開されたものです。そうした文章を読むことを通して、思考を進める=論理を展開していく仕方を学んでいくのです。それが現状を丁寧に分析し問いを立てることに繋がっていきます。

こうした国語の学習を通じて「自分の脳で考える体力」をつけた人間は、AIをあくまで「補助エンジン」として使いこなし、人間ならではの創造的なジャンプを実現できるのです。「楽をするためにAIを使う」のと、「より高い次元の思考をするためにAIを使う」のとでは、その前提となる基礎能力に大きな差が生まれます。

AIに指示を出す

 次に二つ目の「AIに指示を出す」段階です。これは一つ目と連続しています。AIに聞きたいことがイメージできたら、あとは聞くだけ、のような気がします。そこに壁はなさそうにも思えます。しかし、実はそこでこそ国語学習の成果は如実に表れるのです。

 コンピューターに指示を出すためには「プログラミング言語」が必要です。プログラミング言語と聞くと思い浮かぶのは、PythonやJavaScript、C++といった英数字の羅列で書かれたコードだと思います。これまで、そういった特殊な言語を習得していなければ、何らかの指示を出すことはできませんでした。

しかし、生成AIの登場により、あるいは今後の進展を考えれば、状況は一変します。私たちは、「自然言語(日本語や英語)」で指示を出すことができるのです。これは何を意味しているのでしょうか。

 この変化によって、AIから高度で正確な回答を引き出すために必要な能力は、コンピュータサイエンスの知識というよりも、国語の授業で学ぶ「論理的文章力」になったのです。AIは、私たちが入力した言葉(プロンプト)を忠実に解析し、それに基づいてアウトプットを生成します。つまり、入力する言葉が曖昧であれば出力も曖昧になり、入力が論理的であれば出力も論理的になるのです。

 たとえば、AIに「それをいい感じに直して」と指示しても、AIは何をどう直せばいいのか正確には理解できません。「誰が」「何を」「どのような目的で」「どう変更するのか」を、一意に定まるように説明しなければならないのです。これは指示語だけに関わるものではありません。修飾関係や論理構造についても同様です。

AIへの指示

 あるいは、もっとわかりやすい例として、語彙力がなければ解像度が高くならない、といったことも考えられます。もし私たちが、「すごい絵」「きれいな絵」としか言えなければ、AIはありふれた、平均的なイメージしか出力しません。しかし、豊かな語彙を持っていれば、「荘厳な」「憂鬱な」「極彩色の」「静謐な」「退廃的な」といった言葉を使い分けることで、まさに私たちが求めるアウトプットを引き寄せられるのです。

綺麗な絵の指示

AIが出力したものを確認する

 そして、「AIが出力したものを確認する」段階です。これは、実のところ外せません。生成AIは、その仕組み上、確率的に「次の単語」をつなげているだけで、私たちが思うような事実確認を厳密な意味で行っているわけではありません。そのため、自信満々に嘘をつく現象(ハルシネーション)が避けられません。

 あるいは、今後そうした事実誤認を含むようなAIによるテキストがネット上に溢れていきます。この環境下で生きる私たちに必要なのは、情報を無防備に受け入れる姿勢ではなく、「AIが書いた文章を批判的に読み解く力」です。

 もし私たちに、教科書の文章を正確に読む基礎的な読解力がなければ、AIが出力する「もっともらしい誤情報」を鵜呑みにし、誤った判断を下してしまう危険性が極めて高くなります。わからないことだからAIに聞いているとしても、「論理的にそれはまったくありえない」というようなかたちで間違っていると判定できることは少なくありません。逆説的ですが、読解力があって初めて、AIに作成してもらったものを評価して、あるいは手直ししてそれを自分のものとすることができるのです。

 たとえば私たちが何か本を書いたとして、自分の全然知らない言語(ちょっと私がわからないので勝手にアラビア語とします)に訳そうと思い、全文訳をAIにお願いしてそれを出版できるかといえば、怖くてできないですよね。「どこか本当は間違ってるところがあるのかもしれない」「でもあまりにわからなすぎて間違いがないのかさえもわからない」と。これは翻訳(言語)の例ですが、読解力でも同じです。実は何か大きな誤解を招くような表現があるかもしれないのに、それに気付かないということは起こり得ます。そのためにこそ、読解力もまた必要なものなのです。

おわりに

 ここまで、三つの段階にわけて、生成AI時代においても読解力が十分に必要になってくることを考えてきました。そうしたことを踏まえれば、基本となる読解力を身につけるための国語の学習はまったく意味を失っていません。それどころか、AIをどれほど使えるかを左右するという意味で、大きな意義を担っているとさえ言えます。「生成AIが進化すればするほど、私たちが「国語」を学ぶことの重要性は、低下するどころかむしろどんどん高まっている」という冒頭の私の言葉の意味が、少しだけ伝わったのではないかと思います。

 ヨミサマ。は、「成績は、国語で決まる。」を掲げた、国語特化のオンライン個別指導を行っています。生成AI時代にこそ求められる読解力を養うため、東大生講師との双方向の対話を通して思考を深めていきます。ぜひ一度体験授業でその対話を体感してみてください!

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この記事を編集した人

ヨミサマ。編集部

東大生がつくる国語特化の個別指導塾ヨミサマ。編集部です。国語のプロフェッショナルとして、国語が苦手な生徒から東大受験対策まで述べ二千人以上を指導してきた経験を記事にしてお伝えします。完全独学で東京大学文科Ⅰ類に合格し、「成績アップは国語で決まる!」著者の神田直樹が監修しています。